「身体と心で、全力で。自分にとって唯一の作品を描く。美大生にとって、それ以上の青春はないやろ」

白い歯を見せて何故か楽しそうにしている本多。彼は、慧の前でも素直に笑う。

何か面白いネタを持っているわけでも、話し上手というわけでもない慧と話をして何が楽しかったのかはいつも分からない。だけど、絶対に嘘っぽくなんかない笑顔。だから、慧は彼を信用できた。

「青春、ですか」

「せや。それに、そない真っ直ぐな絵は青い頃にしか描けへんからなぁ。学生のうちに描けたら人生変わるで」

「先生は、描けたんですか。その、自分にとって唯一の作品」

慧の問いに、本多は一瞬何かを思い出したのか眉をしかめた。そして、その後少しだけ下手くそな笑みを浮かべた。

「情けない話やけど、途中で描くのやめてしもうたわ」

「やめたんですか」

「せや。美大生だった俺の青春は、完結させられんかった」

今まで見てきた中で一番苦しそうに、下手くそに笑った本多に慧は何も言えなかった。

何と返すのが正解なのか、そもそも、何故最後まで絵を描ききれなかったのか。何から何まで分からなくて、だけど、それを聞いてはいけないようなきがして、慧はただ黙って本多と同じように窓の外を見た。