彼女の瞳を見ていると、慧は、自分自身の予測が大きく外れているような気がした。
だって、夢を共に追いかけるライバルの話をしていてそんな目をするのだろうか。いや、きっとしない。だとしたら、思い浮かぶのは一つしかない。
「あの、ひょっとしてそれって……」
「なに?」
「恋愛の話、ですか」
大学三回生になったというのに、未だ恋をしたことのない慧にも分かった。〝愚痴〟だと言いながら話す彼女の瞳と表情が、すべてを物語っていたような気がした。
「うん。初恋の話」
じっと返答を待っていると、彼女は、こくりと一度頷いてそう言った。
この20年間、恋愛なんて慧には全く縁が無かった。恋愛どころか、友達を作ることすら難しく感じていた慧にとって、恋愛なんて異世界のものと等しかった。
中学校、高校と進学するにつれ、同級生が〝○○ちゃんが好きなんだ〟なんて話をしているのを耳にする機会は増えた。だけど、その度に慧は自分だけ他のみんなと違う。自分はどこかおかしいのではないか、と感じては堪らなく嫌な気持ちになったのを今でも鮮明に覚えている。
「ほら、また手が止まってるよ。慧くん。君は、そうやってすぐに手が止まっちゃうんだから」
楓が、そう言って笑う。
慧の知らない〝恋愛〟を知っている楓は、何故か、一つしか違わないはずなのに妙に大人びて見えた。

