「二人は何しているの?」

「こいつがハンバーガーを食べたことがないって言うから、食べに来たんだよ。僕は付き添いというか、お守りだな」


 あくまでも、僕は東堂の保護者であることを強調する。本人は隠しているつもりなのかもしれないが、堂本姉は、僕と東堂が付き合っているのではないかと疑っているからな。


「えーっと……堂本、さんは何してたんだ?」


 一瞬、何て呼ぶべきなのか悩んでしまう。心の中では、ずっと堂本姉と呼んでいたけれど、さすがに本人に言うのは気が引ける。

 知っていたとしても呼ぶ気はないけれど、そもそも下の名前も知らないし。いや、聞いたような気もするけれど、忘れてしまった。


「私? 私は大学に行った帰り。私の目指してる研究室の教授が、大学ホールで講演をしていたから」


 さすがだな。やはり男子率がほぼ百パーセントの学科にくる女子は意識が高い。僕なんて夏休みに入ってから、ノートすら一度も開いていないのに。


「でも、家はこっち側じゃないだろ?」


 むしろ、反対側のはずだ。


「スーパーで買うよりも、商店街で買う方が安いからね。ほら、うち貧乏だし」


 どうやら、背負っているリュックサックには、買い物が入っているらしい。この前のアパートを見る限り、決して裕福な家庭じゃないのは分かる。それでも数十円の違いのためだけに、わざわざ遠い商店街まで来るのは、素直にすごいと思う。


「一色君達は、今から店に入るの?」

「ああ。アイツが何食うか決めたら入る予定」


 一心不乱に看板を見つめる東堂を指差す。


「ふふっ。暑いのに中で決めればいいのに」

「中にメニュー表があるのを、知らないんだろうな」


 来たことがないと言っていたし、知らないのも無理ないか。

 そこまで猛暑でもないし、ちょっとくらいは付き合ってやろう。どうせ中は涼しいしな。


「あの……さ。良かったら、私も一緒していいかな? ちょっと喉乾いちゃって」


 ダウト。

 そう心の中で呟く。

 正直、僕にとっては初めての経験なので、どう対応すればいいのか分からない。僕は彼女と関わった記憶がないし、いつから向けられていたのかも分からない。ただ一つ言えるのは、堂本君に連れられてアパートに行ったときには、もうすでに今と変わらない色だったということだ。

 なぜ彼女は、僕に対して灰色を向けるのか……。

 思い当たるフシが全くない。自分で言うのも何だけど、僕は元引きこもりの欠陥品なのに。


「えっと……邪魔……かな?」


 黙ってしまった僕を見て、拒絶されていると受け取ったのか、堂本姉は不安と悲しみを抱いている。


「いや、そういうわけじゃないんだ。ごめん、ちょっと考えごとしていて」


 出来るかぎり明るく伝えようとする。本当に、堂本姉と一緒にいるのが嫌なわけじゃない。ただ、どう対応すればいいのか分からないだけだ。


「よかったあ……。それじゃ、中、入ろっか」

「そうだな。いい加減、ここに立っているのも暑いし」


 ホッ、と息を吐き出す彼女に背を向けて、未だに看板を見つめている東堂の背中を叩く。


「いつまで見てんだ。中入るぞ」

「んっと……。決めたわ! 行きましょう、涼夜君!」


 行きましょう、って言うけどな、僕達はお前を待っていたんだけどな。

 ……まあ、いいか。

 涼しい店内に入れることだし、そんな些細なことは。




 お昼にしては時間が遅いからか、店内には高校生くらいの男女が二組いるだけだ。

 外にあったメニュー表で、すでに注文するものは決めていたので、スムーズに会計を済ませる。さすがファストフードと名乗るだけあって、一分とかからずに注文したものが揃った。


「本当に、お料理が出てくるの早いわね! 魔法? 魔法でも使っているのかしら?」


 大方、作り置きという名の魔法だろうな。そんな考えがよぎるも、東堂に伝えないでおく。わざわざ、子供の夢を壊すようなことを言う必要はないだろう。


「そうだなー。魔法かもなー」

「やっぱり魔法なのね! 私もここで働いたら、魔法を使えるようになるかしら?」

「ははっ。なるかもなー」


 ちょっと、いや、かなり世間知らずなところがあるので、東堂は一度、現実を知るほうがいいと思う。

 あ、でもファストフード店は、柄の悪い客もちょいちょい来るな。他人の悪意に触れて、東堂の綺麗な感情円が汚れるところは見たくない。バイトするって言い出したら、全力で止めることにしよう。


「涼夜君! 早く早く!」


 席取りをしてもらっていた、堂本姉の向かい側に座る東堂は、机の下で足をパタパタと振っている。

 四人掛けの席なので、残っている席は堂本姉か東堂の隣だけだ。男が一人で、女が二人なんだから、できれば女性(片方は、女性というか女子だけど)同士が、隣り合って座って欲しかった。だけど、東堂にそこまで気を回せというのは無理な話か。


 堂本姉の感情円が、黄色なのは分かりながらも、東堂の隣に腰を下ろす。がっかりしているのが感情円から読み取れるものの、それが全く表情に出ていないあたり、堂本姉のメンタルには感心する。


「いっただきまーす!」


 僕が席に座るとほぼ同時に、東堂はハンバーガーを口にしていた。勢いよくハンバーガーを頬張る東堂を横目に、僕も飲み物を口にする。

 長時間外にいたため、冷たい飲み物が体に染み渡る。


「ほへ、ふっほふほいひーは!」

「口に食べ物を入れながら喋んな。僕の中にある社長令嬢のイメージが崩れるだろ」


 僕の中で社長令嬢というのは、おしとやかで、冷静で、丁寧な口調で……って感じだ。


「えっ!? 東堂さんって社長令嬢なの?」


 シェイクをスプーンでかき混ぜていた堂本姉は目を丸くしている。そりゃ驚くよな。こいつが社長令嬢だなんて。


「こう見えて、こいつは東堂株式会社の社長令嬢だ」

「そ、そうなんだ。……そういえば、東堂さんって何歳なの? 中学三年生?」


 なぜ、中学三年生?

 あー、あれか。堂本君が、東堂に対してタメ口だったからか。


「いや、こいつは」

「高校三年生よ!」


 いつの間に食べ終わったのか、僕が食べるために買ったフライドポテトを口にしながら、東堂は左手の指を三本立てている。


「見た目からは予想できないよな。間違うのも無理はない」


 僕が始めて見たときは、高校の制服を着ていたから分かったけれど、私服だと中学生と言われても違和感はない。


「へー、そうなんだー……一個下かー……」


 堂本姉の感情円が、青色に変わる。どうして、東堂が一個下だと悲しいんだ? 感情が分かっても、何を考えているのかまでは僕にも分からない。

 いや、他人の感情なんて、本当の意味では誰にも分からないものなんだろう。


 もちろん、僕にだって。