「ねえ、どうして分かったの?」


 面倒だな。

 執拗に問いかけてくる少女に対して、正直そう思った。


「……勘だよ、勘。何となく怪しい感じがしたからさ。危なげな雰囲気だったから、声をかけただけだよ」

「それは嘘よ。あなた、確信しているようだったもの」


 彼女と目を合わすと、どこかに吸い込まれてしまような気がして、視線を落とす。すると、相変わらず純白に輝く彼女の心が嫌でも目に入る。

 僕は人の感情を見ることができる。

 これは経験則などという曖昧なものではない。僕がこの世に生まれておよそ十八年、ずっと僕に付きまとっている、いわば『呪い』だ。


 心臓のある位置、つまり左胸のあたりに直径十センチくらいの円が見えていて(僕はこの円を、感情円と呼んでいる)、その円の色は人の感情によって変化する。

 藍色なら悪意、赤色なら怒り、黒色なら絶望──といった感じで。それに加えて、嘘をついている人は円がぼやけて見える。ぼやけているというよりも、窓ガラスに息を吹きかけた時のように見える、というのが一番近いかもしれない。

 また、生きる気力を失いつつある人の円は、どんどん薄くなっていき次第に消える。つまり、感情円は生命力も表しているわけだ。感情円の消滅=その人物の死、だ。

 こんなことを人に説明しても、鼻で笑われるか病院に行くことを進められるかの二択だ。こんな突拍子もない僕の話を信じてくれたのは、後にも先にも一人しかいない。


「ねえ、どうしたの? もしかしたら私、聞いてはいけないことを聞いているのかしら」


 どうせ信じないだろうし話してしまおうか。そうすれば、不気味がって立ち去ってくれるかもしれない。


「人の感情が分かるって言ったら、信じるか?」

「そうなの? それはすごいわ! だってそんなことができるのなら、たーっくさんの人を助けることができるじゃない!」


 爛々と目を輝かせる彼女の姿は、本当に僕の言っていることを信じているように見えて少し戸惑う。


「こんな漫画みたいな話を本当に信じているのか?」

「勘とか不確かなものよりも、ずーっと信じられる話よ! だって嘘だとしたら、そんな話がとっさに出てくるとは思えないもの!」

「ずっと特殊能力に憧れている、痛い男かもしれないぜ?」

「本当に憧れている人なら、初めからその話をするわよ! 一度嘘をついたってことは、隠したい事情があるか、信じてもらえないと思っているかのどちらかでしょう?」


 明らかに怪しい男の話を真に受けていたり、学校はとっくに始まっているのに、焦るそぶりが見えないから、オブラートに包まずに言うと、バカなのかと思っていた。

 けれど、そういうわけではなかった。僕が思っているよりも格段に、彼女は人のことを観察している。

 ……学校が始まっているのだから、少しは焦るべきだとは思うけどさ。


「ねえ、あなた! もう少し詳しく教えて頂戴! どれくらい分かるの? 今、私の考えていることも分かったりする?」

「いや、考えていることは分からない。嘘をついているときは分かるけど……っていうか、君、学校は?」


 これ以上、制服姿の彼女を大学に留まらせていると、誰かに声をかけられそうだ。そんな目立つことはしたくない。すでに目立っているような気がしなくもないけれど。


「学校なんて行っている場合じゃないわ! 今はあなたの話を聞く方が大事だもの! えっと、あなたっていうのも他人行儀ね! あなたの名前を教えて頂戴!」


 いや、学校は行けよ!

 ……中学、高校と五年間も学校に通っていない僕が言う台詞じゃないかもしれないけどさ。

 というか、さっきも名前聞かれて名乗ったけどな。


「僕は一色。一色涼夜。さっきも言ったと思うけど、そこの大学の一回生」

「一色、涼夜ね! 覚えたわ! 私は東堂香織! 花開院大学付属高校の三年生よ!」


 身長と言動から、一年生かと思っていた。三年生ってことは来年大学受験だろ。なおさら学校に行くべきだと思う。あ、でも花開院高校って、エレベーター式で大学に進学するんだっけ。


「さすがに高校の制服を着た子が、うろうろしていると目立つから。話はまたいつかな」


 この子に関わると、ろくなことにならない気がする。僕の直感が警鐘を鳴らしている。今別れてしまえば、二度と会うことはないだろう。

 彼女に背を向けて左足を一歩踏みだしたところで、僕の右腕が掴まれた。振りほどこうと思えば簡単だろうけど、仕方なく振り返る。すると、少女は満面の笑みを浮かべていた。


「制服じゃなければいいのね! ちょっと待ってて、今着替えるから!」


 彼女は背負っていたリュックサックを下ろすと、その中からジャージの上下を取り出し、それらを制服の上から着る。


「これなら目立たないでしょう?」


 スカートの上からズボンを履いたからか、腰回りがやけに膨らんでいるのが気になる。確かに、制服よりは目立ないないかもしれないけどさ……そういう問題じゃない。


「あー、大学は私服だからさ、ジャージは少し目立つかもなーって思ったり。それに君は女の子だしさ。大学でジャージの女の子っていないからさ」


 これは嘘だ。

 女子でもジャージで通っている人は、結構、ではないけど、それなりにいる。

 でも、高校生の彼女は知らないだろうし──、


「それは嘘よ。走っているとき、上下ジャージでいる女の子を見たもの」


 よく観察してるなおい!

 もう何を言っても無駄な気がしてきた。今逃げたりしたら、明日から大学の前で張り込みしそうな勢いだ。


「……分かったよ。でも、ここじゃなくて近くにある喫茶店でもいいか?」


 この目のことを大学内で話す気にはなれない。どこで誰が聞いているかも分からないし。


「別にどこでも構わないわよ! それに、喫茶店なんて入ったことがないから楽しみだわ」


 高校生からしたら、喫茶店は敷居が高いような気がするかもな。実際、ファミレスとかよりも値段も高いし。


「じゃあ、行こうか」

「ええ! 早く行きましょう!」


 ああ、さようなら。僕の平穏な読書タイム。