「あんたが入ってこないように無視していただけ」
立ち上がり、男の横を通り抜けると、もとあった場所にCDを戻す。何も聴いていなかったのは本当だ。
だけどこの男を無視したのは嘘だ。
ただ単純に気づいていなかった。
ノックの音も、廊下から流れ込んだ空気も、近づいてきた男の気配にも、私は気づかずに目を閉じていた。
「いい加減、そういうのやめろよ」
不機嫌な顔の男が、苛立った口調で私に言う。
「そういうのって?」
「だから、普通にしろよ」
この男はいつもそうだ。
こんなにも普通な私に、普通であることを求める。
これ以上何をすれば、この男が望む普通になれると言うのだろう。
「私は、普通だよ」
ご丁寧に扉が閉じられた部屋で、私は男と視線を合わせた。
いつ見ても不愉快な顔。嫌いな瞳。
「普通じゃないのは、あんたでしょう」
冷たい眼差しを送りながら答えた私に、男は手にしていたヘッドフォンをベッドに投げた。
「・・・母さんが呼んでる」
「珍しい」
「紫奈」

