「ありがとう、ございます」

「いや、礼を言うのはこっちの方やし。あと悠花さんって今日仕事しながらメニューの位置とか、ドリンク持ってくタイミングとか、全部自分で考えて動いてくれたやろ? その辺の棚に置いてあるものもちょっと置き直してくれたり」

「あ、いちいち聞くのも煩わしいかと思ってそうしてしまったんですけど、勝手なことをしてすみません」

「そうやなくて。悠花さんがしてくれとることみて、俺、今日何回も『あ、そっか。それそうすれば良かったんやな』『その方がずっとええな』って思うこといっぱいあって。そんで、もし良かったらもうちょっと一緒に店やってみたいなって思たんや。今さっき聞かれた無理言うてまで頼んでる理由はそれ」

「は、あ……」

「そんでも、どうしても無理やって言うんならごり押しは出来んけど」

そこで言葉を切って奏輔さんはまっすぐにこっちを見た。

「今日一日で、俺的にはすごい勉強になることいっぱいあったし。出来ることなら悠花さんともっと一緒にやってみたい。だからお願いします! ……無理にとは言わんけど」

そう言って奏輔さんは、テーブルに額をぶつけそうな勢いでがっと頭を下げた。

無理を言わないとは言ってるわりに、圧がすごい……。

意志薄弱で、典型的なNOと言えない日本人の私にはこの圧を跳ねのけてまで断固として断れる自信がない。

もともと何がなんでも出来ない、物理的な理由はないのだから余計に。

それに本当のところを言うと奏輔さんの申し出はかなり嬉しかった。

百貨店の仕事を辞めるまでの経緯や、こちらへ帰ってからの母の態度で、元来あまり高くない自己肯定感が地の底まで低下しきっていたところにさっきの言葉は素直に嬉しい。

ただ嬉しいというのではなくて、砂漠で干からびそうになっていたところに一杯の水を差しだされたような、そんな救われた感がある。

「あのー……」

奏輔さんがぱっと顔を上げる。

そのクールな顔立ちに似合わない熱量でこっちをみつめてくる黒い瞳に向かって、私はおずおずと頭を下げた。

「私で良かったら、その……次の人が見つかるまでの間だったら」