古都奈良の和カフェあじさい堂花暦

「葛餅やら寒天やら朝から仕込んでもう出来上がっとる分、無駄にせんですむわ。材料費がどうこういうまえに、せっかく作ったもん誰にも食べて貰えんでほかすの切ないからなあ」

「そらそうや。そんなんしたら罰があたるわ。なあ、悠花?」

そう言って祖母は私に、にこっと笑って見せた。

「そうと決まればまずは着替えよ。割烹着持ってくるわ」

なにがいつの間に「そうと決まった」んでしょうか……?
思いつつも、場の流れがこうなってくると口に出しては言えないのが私の性格だ。

確かにその後の対応はともかくとして、危うく大怪我するところを助けて貰ったのは確かなわけだし、食べ物を無駄にするのも気が引ける。

自分が急遽休んだせいで、店が休業に追い込まれたと知ったらさっきの沢野さんだって寝覚めが悪いだろう。

このあと、特に予定がないのも事実だし。

このまま、帰ったりしたら当分の間、自分がものすごく恩知らずな冷たい人間のような気にさせられて当分自己嫌悪に悩まされそうだ。

「分かりました。じゃあ、今日だけなら」

ぼそぼそと言った途端、ぎゅっと両手が握りしめられた。

「うわ、ありがとう! 助かるわ」

ぱあっと輝くような笑顔でぶんぶんと手を上下に振られ、不覚にも少しドキドキしてしまう。

なんというかこの人……色んな意味でストレートな人だなあ。
思ったことがそのまま口に出てしまうみたいだ。良くも悪くも。

小学生の男の子みたいだ。

あんな顔で「ありがとう」を言われてしまったら、もういきなりだろうが不本意だろうが頑張るしかないよね。

「あの、かえってご迷惑かもしれないけど……頑張ります」

私はぺこんと頭を下げて、身支度を始めた。