だけど、急にどうして?
私の些細な呟きをどこで聞いてたの?

てっきり彼はビヤガーデンの中にいるもんだと思ってたのに。だから、気を抜いて呟いただけだったのに。


(まさかとは思うけど、追ってきたりとかはしてないよね…?)


走る速度を下げて後ろを振り向く。
坂巻さんの姿は其処にはなくて、(だよね…)と少しホッとする様な、ガッカリする様な気分に襲われた。


タイミングよく下りてきたエレベーターの中に進む。
自分の後から彼が入ってくることもなく、呆れられたんだ…と少しションボリした。


(バカな杏。ガッカリするくらいなら話して帰れば良かったじゃない)


どうせ会話も長くは続かなかった筈だ。
ドキドキして怖くて、舌を噛んでばかりで上手く話も出来なかった筈だから。


話しても話さなくても同じように自分を罵りながらエレベーターを出て、玄関口へと向いて歩き出した。

宿泊客と思われるスーツケースを持つ人達とすれ違いながら広いホールを横切っていた。


背後から足音が聞こえたのはその瞬間だった。

何気に目線を向けようとして、その前にぎゅっと二の腕を掴まれた。