幻惑な夜

俺は玄関のノブを握ったまま息を殺す。

俺がドアを開けて出て行こうとしたら、前の部屋のドアが開く音がしたからだ。

俺は魚眼レンズを覗いて、外の様子をうかがう。

前の部屋から女が出て来た。

たしか、ときわ台の何とかと言う短大に通っているだとか、そんな事を恭子が言っていたのを思い出す。

去年、引っ越しの挨拶に来た時聞いたらしい。

何だかすぐにドアを開けて出て行くのは気まずいような気がした。

前にも三回、出て行くタイミングが重なった事がある。

一回、二回は普通に挨拶のやり取りで終わったが、三回目は明らかに、何だコイツ的な目で見られた。

…バカらしい。

こんな時に、そんな事を考えている自分がバカらしい。

俺はレンズから目を離して、握っていた玄関のドアのノブを回す。
が、ドアを開ける寸前で動きを止めた。