幻惑な夜

12年の間、俺は毎日毎日タクシーを走らせていた。

客を後ろに乗せては東京の道と言う道はおろか、埼玉、千葉、神奈川はもちろん、冬の軽井沢までチェーンを巻いて関越を爆走した事だってある。

環七などと言うメジャーな道路、それこそ数えきれないくらいに走った事があるはずだ。

実際、3、4日前にも高円寺辺りで拾った客を、この道を使って十条まで運んだ。

それなのに、何を俺はドキマギしている…。

いつもは素通りしていくだけの街並みを、今日に限ってやたらと意識して目で追ってしまう…。

板橋区、中板橋、双葉町…。

NBAの口から出たその場所がどんどん近付いて来るにしたがって、俺の忘れていた記憶がゆっくりと搾り出されていくようだ…。

「おいおい、だからそこ右だよ!」

「えっ…」

思いに耽っていた俺はNBAが指示した二つ目の信号を通り過ぎてしまう。