「ごはん、食べてくると思った」
佐伯さんが言った。
「予定が変わって」
千葉が顔を真っ赤にして告白したその顔を思い出すと、とても動揺した。
「どうした?」
佐伯さんが尋ねる。
「別に、何もないですっ」
私は首を振り立ち上がろうとしたが、ぐっと手首を引っ張られた。驚いてそのまま再びソファに座る。
影の中に、佐伯さんの瞳が浮かぶ。心臓がしゃっくりをするみたいに、いびつな動きをしている気がした。じわじわと緊張が高まり、目を離せない。
「本当に余裕がない」
佐伯さんの声が鼓膜に届く。私は掴まれた方の手をぎゅっと握って拳を作った。握られている手首が、いやに熱い。
「野中が、俺を思い出さなくても誰を選んでも、文句は言えないのにな」
ちくっと胸が痛む。佐伯さんの好意に甘えすぎているかもしれない。
「私、佐伯さんのこと思い出したいです」
口からするりと本音が出た。
「……じゃあ、ヒントをもう一つ」
佐伯さんはそう言って、私の手首を離した。「後ろ向いて」
「え? こっちですか?」
何をしようとしているのかまったくわからないけれど、素直に佐伯さんの言葉に従い、ソファに座ったまま佐伯さんに背中を向けた。
ソファーと床に、私たちの長い影がおちている。佐伯さんの影が動いて、私のにゆっくり重なった。
「あの?」
私が振り返ろうとしたら、佐伯さんが「まだ」と言って、私のパーカーの裾をぐっと引っ張った。
「なんて書いたか当てて」
そう言うやいなや、背中に佐伯さんの指が触れた。
「ひゃっ」
変な声が出て、背中を仰け反らせる。すると後ろから押し殺したような笑う声が聞こえた。
それから「我慢して、書くから」と言う。

