「そうだ、先生」
私は意を決して尋ねる。「四年生ぐらいのときに、メガネをかけた小さな男の子が道場に来ていたの、覚えていらっしゃいますか?」
「んー? お前たちが4年ぐらい? 神野のことかな?」
「神野?」
名前が違う。私は心底がっかりした。
「海外から来たっていう、ハーフのやつだよな。人一倍タフで、お前たちにつっかかってた記憶がある」
ハーフ……だから髪の色素が薄いっていう記憶があるんだ。
「写真とかないですか?」
千葉が諦めきれずに尋ねると「待ってろ」と先生が席を外した。
「名前が違う」
「先生の思い違いってこともあるぜ」
「かもね」
しばらくすると先生が古いアルバムを手に帰ってきた。
「これが神野」
先生は、地域の大会に出たときの記念写真の中の、一人の少年を指差した。
「……別人だ」
私は認めざるを得なかった。これは佐伯さんじゃない。
「違うな」
千葉もため息とともに認めた。「ごめん野中、俺の思い違いだった」
先生にお礼をして道場から出ると、二人並んで歩いた。暑い日差しがじりじりと肌を焼くので、日焼け止めを塗ってこなかったのを後悔する。
「佐伯って、どういうやつ?」
千葉が訪ねてきた。そういえば千葉には詳しいことは何一つ話してなかったな。
途中自動販売機で、冷たく冷えたサイダーを買う。しゅわしゅわとした液体が喉を通ると、少しさっぱりした気がした。
「佐伯さんっていうんだけど、あの人私のことが好きなんだって」
「えっ!」
ペットボトルを口につけたまま、千葉が固まる。
「……マジ?」
「冗談かもしれないけど、『ずっと好きだった』って言われた。前に会ってるって言うんだけど、全然思い出せないんだよね」
口に出すと、ますます一層冗談のような気がしてくる。そんな漫画みたいな設定、あるわけない。
横を見上げると、千葉はまだ固まっていた。

