奥襟を取りに行きたいけれど、やはり千葉はそう簡単に触らせない。一瞬の隙を探して全神経が研ぎ澄まされた。
だんだん呼吸が荒くなる中、足を払いにくる千葉を押さえつけて、互いににらみ合った。目と目があうと、相手の闘志が突き刺さって、思わず口元に笑みが広がる。
ひゅっと空気が動いた瞬間、腰が持ち上がるような感覚がした。私は全力で踏ん張ると、その先に千葉の足が見えた。
考える間もなく足が出て、重心を失った千葉の懐に瞬時に潜り込む。
いける!
「やぁーっっっ!」
ひゅっと精神が肉体の中心に集まり、爆発的に放出される。
ズバーンと大きな音がしてから、うわっと歓声があがった。
「一本!」
先生の声がして初めて、大の字に倒れる千葉を見下ろした。
はあはあと荒い息をしながら、千葉が私を見上げる。
「やっぱ野中は最強」
そう言って笑った。
子供達の稽古が終わった後、私たちは先生のところに挨拶に行った。
「もう二人ともやめたって聞いたよ」
先生がどこか残念そうに言う。
「そうなんです、すいません」
そのとき初めて、辞めたことを申し訳なく思ったが、選手として限界だった気がするのは変わらない。
「千葉なんかは、指導者になるかと思ってたけどな」
「子供を教えるなんて、無理ですよ」
千葉は恥ずかしそうに言った。

