「ありがと、じゃあ、早速」
西島さんは今度も私の袖をぐいぐい引っ張って、システム管理部の部屋へと入っていった。薄紫の絨毯に立ち並ぶパーティションが見え、機械が低く唸るような音が静かな空気の奥にかすかに聞こえる。営業部と経理部のフロアはいつも人が出入りして、わさわさしているのでぜんぜん雰囲気が違った。

西島さんのデスクは入り口から三番目のパーティションで、その席と背中合わせの席に、日中見たブルーのワイシャツの背中が見えた。

ドキンと胸が跳ね上がる。いる!

西島さんはスタスタと自分の席まで行くのを、私は小走りでついていった。

「これ、渡したかったの」
西島さんは少しわざとらしい感じで、引き出しの中からA4の書類を取り出し渡した。見ると『新製品展示会』とかいてある広告で、私にはまったく関係のないもの。それでも「ありがとう」と受け取った。

すると背後でキィッと椅子が動く音がしたので、反射的に顔をあげるとキーボードに手を置いたまま佐伯さんがこちらを向いていた。

私は慌てて「おつかれさまです」とペコッと勢い良く頭を下げた。

「おつかれさまです」
佐伯さんはそう言うと「塩見です」と再び首から下げている社員証を見せる。社員証を私にわざわざ見せるのは、これで二回目だ。

「経理部にいましたよね」
佐伯さんはしらじらしくそんなことを尋ねてきたので、小心者の私はわたわたしてしまう。

「はいっ、西島さんと同期です」
「そうなんですか、よろしく」
「はいっ、じゃあ失礼します!」

久しぶりに道場にいるような勢いで挨拶をして、私はシステム管理部を脱出した。廊下に出るとすぐに西島さんが「どうだった?」と聞いてきたので「やっぱりわかんないよ、ごめん」と謝る。