西島さんは山本さんの顔を伺い、それからこくんと頷いてシステム管理部に入っていった。パーテーションの影から佐伯さんのワイシャツの背中が見えている。西島さんが何やら話しかけると、その背中がキィッと椅子を後ろに動かした。
立ち上がって、こちらに歩いてくる。
蛍光灯と、影になる佐伯さんの顔とその瞳、腕を掴まれた痛みが、フラッシュバックで蘇って、私は思わず両手を胸の前に合わせて、縮こまった。
「おはよう、何?」
佐伯さんは、いつもと変わらない様子だ。
「おはよう。6階にきたから挨拶だけしようと思って、ね」
山本さんが私の背中を軽く押す。
「あ、あの……」
笑顔で挨拶しなくちゃと思いながら、喉が絡んで声がでない。萎縮してしまって、縮こまった体を元に戻せないのだ。
佐伯さんはしばらく私をみつめ、それから「ごめん、やりすぎた」と言った。
西島さんは一人訳がわからないというように立ちすくんでる。
「私は佐伯さんと出会ったばっかりで、でも坂上さんとはずっと前からで。私の知らない時間が悔しくて、それで……ごめんなさい」
私はなんとかそれだけ伝える。
笑ってください。また前みたいに、優しく笑いかけて欲しいです。
そう期待を込めて見上げると、佐伯さんは悲しそうな顔をしていた。
「俺には、野中が忘れてしまっている時間の方が、ずっと大事だけど」
佐伯さんは「二人とも巻きこんで悪いね」と言うと、私に背を向けてシス管へ入っていく。
また泣けてきた。笑顔を向けてもらうのが、こんなにも大変なことだとは想像だにしなかった。いつだって笑って私を見ていてくれてたのに。
「思い出してあげなくちゃね」
山本さんはそう言って、私の肩を優しく叩いた。