「なんだよ」
「いえ、別に……ありがとうございます」
それを聞いた佐伯さんが嬉しそうに微笑む。私が中学のときに、この人に初めて会ったんだな……。
「初めて会ったのは、私が中学生のときなんですよね?」
佐伯さんが「えっ」と驚いて、それから「思い出した?」と聞いてきた。
「ごめんなさい、覚えてない」
「なんだよー。あ、わかった、千葉だな。あいつ、秘密にしとけって言ったのに」
佐伯さんの口が拗ねたように曲がる。
「私が中学生ってことは、佐伯さんは高校生?」
「そうだよ」
懐かしむように目を細める。「一番、俺がどうしようもない時」
「女の子をポイ捨てするとか?」
そう言うと、佐伯さんが「否定はしない」と言う。
「俺以外の人間なんか、どうでもいいと思ってたんだ」
「ひどい」
「だな」
佐伯さんが笑う。
「でも野中に会って、それまでの自分がひっくり返った」
「……そんなこと、私したかな?」
佐伯さんは私の額から髪を指で梳く。すごく愛おしそうに何度か指で梳いて、それから頭を優しく撫でた。
歓びとともに、胸が高まる。昨日の朝に感じたような幸福感に包まれた。
佐伯さんがゆっくり上半身をこちらへ屈め、影が私を覆い、そして目があった。
何を考えているのか、なんとなくわかる。
「風邪がうつっちゃいますよ」
そう言うと、佐伯さんは微笑む。
「じゃあ、一緒に風邪引いとけばいいよ」
そう言うと、佐伯さんの唇が私の唇にそっと触れた。

