「私だけが初めてで、すごくショックでした。佐伯さんが坂上さんと、そういうことしたことがあるって、他のたくさんの女の子ともそういうことしてたって聞いて、すごく嫌で、でもそんな風に思う自分も嫌で、だから佐伯さんに当ちゃったんだと思います」
私が言い終えると、佐伯さんはちょっと驚いたような顔をして、それから笑った。その笑顔はやっぱり少年のようだ。
「抱き寄せていい?」
「……はい」
佐伯さんは私を包み込んで、胸の中へ納めた。どくどくどくと少し早く規則的な心臓の音が、自分の音と重なる。暖かい波の上に二人で漂っている気がした。
「誰にも興味がなかった俺が、初めて心から惹かれたんだ。野中は俺の初めてだ」
耳元で聞こえる声がどきどきして心地よい。頭からつま先まで、全部が全部佐伯さんに占められている。
『心奪われる』
考えてみれば本当に最初から、あの日喫茶店で私に『好き』と言ってくれたあの時からずっと、私は佐伯さんのことばかり考えていたんだ。ヒロインみたいな設定だから、ときめいたわけじゃない。佐伯さんの瞳、唇、指、その声すべてに心奪われていた。
そうか、これが「恋」なんだ。

