「昨日はごめんなさい。やつあたりしました」
佐伯さんは黙ったままだ。こちらを見つめる瞳が揺れている気がする。
心がくじけそう、唇を一度強く噛んでから、思い切って続ける。
「あの、私イライラして……どうしてかっていうと、考えたんですけど」
「彼は?」
佐伯さんが言った。
「彼? 千葉ですか?」
「そう」
「千葉とは会って……それで、友達です」
そう言うと、佐伯さんが「友達……ただの友達?」と恐る恐るというように聞く。
「はい、友達です。私は、千葉が私を思ってくれるのと同じものを、返せませんでした」
すると佐伯さんは、糸が切れたみたいにずるっとそこに崩れ落ちた。
「佐伯さんっ」
私は慌てて尻餅をついている佐伯さんに駆け寄り、しゃがみこんだ。「大丈夫ですか?!」
佐伯さんは私を見上げると、「俺、もう終わったと思ってた……」と言う。
「もうあいつに取られちゃったんだと思って、そうか、まだ大丈夫か……」
佐伯さんの両腕が伸びて、私の首の後ろで交差させる。抱き寄せられているわけじゃない、ただ肩に手がかかっているだけなのに、すごくすごく佐伯さんを近くに感じる。
「よかった、ほっとした。俺は確かに最低なことをいっぱいしたし、否定もできないから、あいつを取るならそれも仕方ないかと。でもどうしても嫌で、こんなに俺って独占欲が強かったかな、ガキっぽかったかなって思って……、野中のこととなると自分が自分じゃなくなる。絶望したり期待したりその繰り返しで、本当にしんどいよ」
最後に静かに笑って、私の首の後ろあたりで、指に髪を絡めた。

