ヒロインの条件


品川駅からマンションへ帰る道を歩きながら、自分の中学時代を懸命に思い出していた。中学……そんなに前の話だったなんて。

日差しは暖かいのにぞくぞくしたので、風邪薬が切れ始めたのかもしれない。私は片手で腕をさすりながら歩いた。

中学のとき、私は柔道に夢中だった。地域ではダントツに強くて、男の子相手でも圧勝してた。大会にもたくさん出てて、ジュニアの全国大会に出たりしてたっけ。

クラスにちょっとかっこいい男の子がいたけれど、恋愛対象ではなかった。漫画にハマりだしたころで、片っぱしから漫画を読み漁ってた気がする。

考えてみたら、柔道と漫画だけって、寂しくない? 佐伯さんじゃなくたって、普通恋愛の一つや二つするはずなのに。千葉だって彼女がいたって言うし。私だけ一人ぼっちじゃない?

高くそびえるマンションを見上げる。カーテンのかかった3階の窓を認めると、すうっと息を吸い込んだ。謝ろう、八つ当たりしたこと。そして正直に何にイライラしたのかを話そう。

マンションの扉を開くと、薄暗い。朝からずっとカーテンを閉めっぱなしなのかもしれない。私はスニーカーを脱いで上がると、まずリビングへ向かいカーテンを開けた。部屋の空気がキラキラ光っている。

今佐伯さんは寝ているのか、作業ルームにいるのか……。どうしようかとしばらく迷っていると、玄関へ続くドアが開いた。

「た、ただいまです」
ドキドキする胸を押さえて、私は小さな声でそう言った。

佐伯さんは昨日と同じ格好のまま、髪はぐしゃぐしゃで、疲れた様子をしている。それでもいつも通りの声で「おかえり」と答えてくれた。