ヒロインの条件


甘味喫茶を出ると、私たちは駅の方角へ無言で歩いた。週末の騒がしい人混みをかき分けて、つかず離れず歩いていく。

改札前につくと「じゃあ」と千葉が言う。
「うん……あのさ、私たち友達のままで居られるよね?」
まるで永遠の別れのような気がして、私はたまらず尋ねた。

すると千葉は「友達、だけど会うのはしばらく待って」と笑う。
「ちょと気持ちに整理つけないと。男って結構引きずるんだよ」

私はこくんと頷くと「じゃあ、私と連絡してもいいって思う時が来たら、連絡して」と言った。

「ああ」
千葉は頷いて、ポケットに手を入れる。

それから「またな」と千葉が背を向けるとき、私は思わず「あのっ」と声をあげた。ちらっと振り向いて「何?」と尋ねる千葉の顔に、私は「ありがとうっ」と叫んだ。

「好きになってくれて、ありがとう。本当にありがとう」
私はぐっと頭を深く下げた。ぎゅうっと締め付けられるような切なさを感じる。

「俺も、ありがとう。野中は強く、潔く、美しい、ずっと俺の憧れだった」

脳裏に、千葉と道場で初めて会ったとき、一緒に走りこんだとき、互いに組んだとき、投げられたとき、投げたとき、笑ったとき、泣いたとき、その全部が一度に流れ込んできて、熱いものがこみ上げた。

顔を上げて目をこすると、千葉が笑っている。

「大げさ、すぐにまた会えるよ」
「へへ……」
私は鼻をすすって、笑い返した。

「ああ、そうだ」
千葉が言う。「佐伯さん、一時、野中の結構近くにいた。見てて全然わかんなかったけど、あの人も野中のこと好きだったんだな」

「……それって私が高3ぐらいの話?」
涙をぬぐいながら尋ねると、千葉は首をかしげる。

「いや、もっと前だなあ。中学だったと思うよ」