ヒロインの条件


なんだか涙が出てきた。佐伯さんに当たるのはお門違いだ。佐伯さんと私はまったく違う人生を過ごしてきたんだ。私が柔道に明け暮れてた時に、佐伯さんはたくさんの彼女と過ごして、大人なこともいっぱいして、全然私とは違う人生を……。

すごく嫌だ。

「……美鈴と話した?」

その言い方も嫌。「美鈴」って、名前で呼んでるんだもの。二人の間だけに流れる特別な時間を感じた。

「話しました。あんなに綺麗で優秀な人だから、一緒に働けて嬉しいですよね」
自分がこんなに嫌味っぽいことを言うなんて。

やだやだやだ、全部が嫌!

「俺は採用には関わってない。美鈴が勝手に応募して、勝手に採用されたんだ。俺は人事にはノータッチだって言っただろ?」

私はこれ以上汚い言葉が出てこないように、必死に唇を結ぶ。もう喉元まで罵る言葉がこみ上げていた。

「美鈴とは今はなんでもないし、むしろ手がつけらんないっていうか、ほら、こうやって余計なことを野中に吹き込んで、あいつはいっつもトラブルメーカーなんだ。だから電話がかかってきたとき、嫌な予感がしたんだ」

電話してたんだ。そっか、知らなかった。

私は手をぎゅっと握る。

「野中が気にすることなんか、一つもないんだ」
「……一つも?」

一言がぽろっと口から零れる。そうなると止められなくなった。