行くなって、言って欲しい。
突然そんなことが頭に浮かんで、私は嫌な気持ちでいっぱいになる。千葉に対して失礼すぎだ。
「行っておいで」
佐伯さんはそう言った。
胸に寂しさと悲しさと怒りと、とにかく今まで感じたことのないような感情が渦となって巻き起こり、私は「はい」と答えながらも、その声が刺々しくなってしまったことに気がついた。
私は目をそらして「おやすみなさい」と告げると、佐伯さんの脇をすり抜けようとした。でもその瞬間右手をぐいっと掴まれた。
「何怒ってる?」
佐伯さんの声もいつもより低くて、リビングの暗がりの下の方へ沈んで重く響く。
「怒ってません」
「いや、怒ってる」
佐伯さんの指が食い込むくらい、私は強く強く腕を掴まれていた。苛立ちがぶわっと広がって、私は思い切りその手を振りほどく。
「私は、全部、初めてなんですっ」
そんなことを言うつもりなんてなかったのに、無意識に叫んでた。
「こうやって好きだって言われたり、一緒に過ごしたり、そもそも誰かを好きだって思ったことも、なかったんですっ。全部これが、初めてなんです!」

