ヒロインの条件


夜中、嫌な汗をかいて起きた。ベッドサイドのライトがついた仄暗い部屋で、はあと一つため息をつき、私は水でも飲もうと部屋をでた。リビングから気配はないから、きっと作業ルームかベッドルームに佐伯さんはいるのだ。顔をあわせることはないだろう。

私は暗いリビングを通ってアイランドキッチンを回り、シンク上の小さなオレンジのライトをつけ、シルバーの冷蔵庫を開いた。ブーンという機械のうなり声と青白い光が、なんとなく心地よい。私は一本のミネラルウォーターを取り出して、その冷たさにほっと息をつく。

パキッと音をさせてボトルを開けると、一気に半分くらいを飲みほした。空きっ腹に冷たい水が流れ込んで、しくしくと胃が痛くなる。お腹をそっとさすってから振り向くと、そこに佐伯さんが立っていた。

「……具合悪い?」
佐伯さんは昨日と同じ格好で、心配そうにこちらを見ている。

「大丈夫です」
「熱は?」
手のひらを額に伸ばされて、私はさっと後退りした。佐伯さんは少し傷ついたような顔をして、それから手を引っ込めた。

「風邪薬あるよ」
「大丈夫です」
私の心はどうしても頑なに佐伯さんを拒んでしまう。優しくされたくない。話したくない。

佐伯さんは一つため息をつくと「わかった」と頷いた。それから「明日病院に……」と言いかけたので、「明日は出かけます」と、自分でもどうかと思うほど固い声で言ってしまった。

「……どこに?」
佐伯さんはカウンターキッチンに手をつく。動揺している自分を支えるために手をついたようにも見える。

「千葉と出かけてきます」
私が言うと、佐伯さんは黙りこくる。