ヒロインの条件


秘密の共有っていうヒロイン設定が私だけじゃなくなったから、嫌になってるのかな? そういうこと?

疲れて歩く人々をぐんぐん追い越して駅でUターン、それからビルの裏側に回りこんでマンションの方へと向かった。

なんだか無性に寂しくなってきて、表よりもずっと街灯の少ない道を目をこすりながら走る。タワマンの窓明りが濃紺の空に並んでいるのが見えてきた。まだ山本さんと一緒にいるのかな……?

じくっとうずくような感触が胸だけでなく、駆け巡る血液に運ばれたのか、全身で感じられる。私が速度を上げてマンションエントランスに走りこもうとした時、ふいに体ごとがしっと抱えられた。

「えっ」
慌てて後ろを向くと、佐伯さんが両腕で私を掴んでいる。「佐伯さんっ」

すると佐伯さんは「静かに!」と言って、後ろから抱きかかえたまま、ずるずるとマンション併設のガーデンまで引きずっていった。背中全部に佐伯さんを感じる。私は頭が混乱してめまいを起こしたように視界が歪む。小さな木立の影まで行くと、佐伯さんは「大声禁止だよ」と腕を緩めた。

すごい勢いで心臓が動いていて、くらくらしながらも私は信じられない気持ちで佐伯さんを見上げる。依然として私は後ろから佐伯さんにゆるく抱きしめられている格好だ。

「あの、あの」
この体勢をどうしたらいいかわからずモゾモゾしていたら、佐伯さんは「あ、ごめん」と言って腕を外してくれて、私はやっと肩の力が抜けた。

「マンション入らないんですか?」
私は胸の高鳴りを抑えながら、こそこそと尋ねた。すると佐伯さんはちょっと困ったような顔をして、それから「山本さんが離れてくれない」と言った。

「ほら、スーパーの入り口にいるだろ」
「ほんとだ……」
視界の先に、スーパーの袋を持った山本さんがいて、何度も周りを見回していた。

「どうしたんですか?」
「山本さんがスーパー行くって言うから、俺は寄るところあるって言ってスーパー前で別れて、でも野中が帰ってくるところを見られたらまずいなあって、ここに隠れて待ってた」

「あ、すいません。遅くなっちゃって」
私は乱れた髪を手ぐしで整える。