その日の会社終わり、私はなんだかどっと疲れて、とぼとぼとオフィスビルを出る。秘密を共有するのが、私一人ではなくなって安心しているところもあるし、もう嘘をつかなくてもいいっていう余裕もあるのに、なんでだろう、胸の真ん中がぐるぐるしている。
太陽の沈んだ夜は、夏の空気がビルの谷底に沈殿していて、埃臭くどこか霞んでいるけれど、本当にかすかに緑の葉の香りが混じっていた。
ふと前に目をやると、佐伯さんの背中が見えた。手にジャケットを持って、ブルーの半袖ワイシャツを着ている。
胸が弾んで「あ」と声に出た。続けて「佐伯さん」と声をかけようとして、口を閉じた。佐伯さんを追いかけて、山本さんらしき女性が小走りで駆け寄っているのだ。
「おつかれさまー」
「おつかれさま」
二人が並んで歩き出したので、私はピタッと歩みを止めた。胸が嫌な鳴り方をしている。どうしてこんな気持ちになってるんだろう。二人が並んでいるところなんて、これまでだってたくさん見てきたのに。
山本さんも一緒にマンション方向へと曲がるのを見て、私はさっと踵を返して駅の方角へと歩き出した。大股でしっかりとコンクリートの地面を踏む。
山本さんは秘密を共有したのだから、マンションにだって出入りするようになるのかもしれない。私だけの特権じゃない、違うってわかってる。でもでもでも。
「ああ、やだ、こんな自分っ」
私はポケットからヘアゴムを取り出すと、久しぶりに髪を一つにきゅっと束ねた。
「走るっ」
私はカバンを小脇に抱えて、スタートした。今日はスラックスで動きにくいし、革靴で走りづらいけれど、それでも走り出すと落ち着いてくる。まだ依然としてモヤモヤしているけれど、まっすぐその原因を見つめようという気になってくる。

