「ちがうって」
西島さんがさらに声を潜めた。「8階の右突き当たりに、誰も入らない扉があるの知ってる?」

ぱっと頭の中に、秘密の部屋みたいな佐伯さんの部屋が思い出された。

「知らない」
私は嘘をつくのが下手だ。「知らない」と言いながらも、声が上ずっている。でも西島さんは自分の目撃情報に興奮しているのか、私の変化に気づいていないらしい。

「私ね、受付でシステムトラブルがあるって言われて、8階にあがったの。それでメンテナンスしてから廊下に出ようとしたら、エレベーターから塩見さんが降りるのが見えたから、とっさに壁に隠れちゃった。そしたら、何があるのかわかんないようなその突き当たりのドアに入っていったわけ」

「……別にいいじゃん」
「だ・か・ら!」
西島さんはイライラしたみたいに、声を荒げた。

「塩見さんはカードキーを出して、その部屋に入ってったの。その部屋に入る権利が設定されているってことでしょ?」

「そうだね、で?」
私はその話を聞いてもピンとこない。だってその部屋が社長の部屋かどうかなんて、西島さんは知らないんだし。

「私ね、自分のカードキーをその部屋にかざしてみたの。そしたら案の定入れなかった」
「……塩見さんは役員の知り合いがいるんじゃない? ほら、コネ入社って言ってたじゃない?」
私はなんとかその理由を探してみたが、西島さんの勢いは止まらない。

「私ね、ブライトテクノロジーのフロアマップを見たの。あの部屋誰のかなあって。そしたら、あの部屋には何にも書いてない。そして不思議なことに、この会社にはいわゆる『社長室』ってものがないの」

「え? あるよね?」
私はあやふやな記憶をたどってみた。

「ない。あるのは役員室と秘書室。役員室の中に副社長室と専務、常務の部屋があるの」
「へえー」
私は心底感心してしまった。西島さんの探究心はすごい。

「だからね、あの突き当たりの部屋が『社長室』と仮定すれば、塩見さんは自動的にこの会社の社長だってことになる」
西島さんは確信に満ちた声でそう断言した。