「……ゆ、かり…さん…?」
固く目を閉じている紫さんの頬を、りとの震える手が這う。
「ねぇ、紫さん…?」
微動だにしない身体を、そっと揺すり始めた。
確かめるように、何度も、何度も。
「紫さんっ…紫さんっっ…」
もう、いない。
世界中のどこを捜しまわっても、どこにもいない。
そこにあるのは、冷たくなった身体だけ。
りとの涙を拭って優しく笑っていた人はもう、どこにもいないのだ。
「……っ…」
止まらない。涙よりも、想いが止まらない。
おはようと言って、温かい朝食を作って学校へと送り出してくれた。
おかえりと言って、心安らぐものを溢れんばかりにくれた。
母の心ない言葉から守り、慈しんでくれたあの人に、私はお礼を言えていない。
この声で、まだ何も伝えられていない。
「柚羽」
崩れそうになった身体を、後ろから強く抱きしめられた。
「維月っ…わたし…」
それ以上は、声にならなかった。
涙となった言葉は、冷たいコンクリートの上にはらはらと落ちる。
ほどなくして、救急隊員や警察の人間と共にヘキルさんがやって来た。
ヘキルさんは崇瀬組組長と組員の遺体、事切れた紫さんを見た後、私と維月を振り返る。
この短時間で一体何があったのか。そう訪ねてきたヘキルさんに、維月は「全てが終わった」と答えた。
「…そうか」
ヘキルさんはそう言うと、警察の人たちと一緒に出て行った。


