惜しげもなく溢れてはこぼれ落ちていく涙を、優しい手つきで一掬いする。

それでも止まることなく更に溢れかえるりとの涙を見て、紫さんはまた笑った。


「…しあわせに、なるのです」


生気のない唇が、ゆっくりと弧を描く。


「…成人して、働き出して、すてきな人を見つけて…家庭を築いて…」


刹那、目が合った。

紫さんは花開くように微笑むと、ゆっくりと唇を動かす。

“りとを、頼みます”

その声なき声を聞いた瞬間、私の瞳からも大粒の涙が散った。


「……見届けて、あげたかった…」


「何言ってるんだよっ…!諦めたようなこと言うなよ!!もうすぐ救急車来るからっ…!!!」


「……璃叶」


りとの頬に添えていた手が、腕が、力なくずり落ちた。

ネイビーブルーの瞳が、これでもかというほどまで大きくなる。


「あなたは、僕が愛した人が、愛してあげたかった命…」


紫さんは、笑った。


「…酷いことを言って、傷つけてしまって、ごめんね」


とても、綺麗に。


「…彼女の元へ逝くことを、お許しください…」


いつものように、笑って。


「……しあわせに、なるのですよ…」


静かに、瞼を下ろした。