こっちの世界?こんな場所?

さっきから気になっていたのだが、彼はこの繁華街を遠回しに悪い場所だと言っている。

こんな、とか。あんな、とか。確かに怪しいお店ばかり並んでいるし、神苑が夜中にバイクを走らせている地でもあるし、ここに来るには一日中暗い道を通らなければならなかったけれど。

一体この繁華街に何があるというのか。


「何はともあれ、無事で何よりだ。家はどこだ?送る。もう少し先に車が停めてあるから、そこまで歩けば――」


「(待ってください)」


「……すまない。今、何と言った…?」


ああ、また、やってしまった。

反射的に動かしてしまった唇からは、何の声も出ていない。

当然、彼の耳には何も聞こえていないわけで。


【待って下さい。お聞きしたいことがあります】


彼は目を見開いた。


「聞きたいこと?…とりあえず車まで行かないか?体が冷える」


彼は私が震えているのを見て、苦笑を漏らした。自身が着ていたコートを脱ぐと、私の背に掛けてくれる。


「(ありがとうございます)」


彼は微笑んだ。

この言葉だけは、何となく伝わってくれるらしい。