春を待つ君に、優しい嘘を贈る。

顔を顰めた聡美と思案に暮れた私を見て、りとは唇を綻ばせた。


「紫さんは、俺の保護者。親代わり」


「ええ!?」


予想外の言葉に、聡美が仰天している。
私も驚いたけれど、声が出ないからそれほど大きなリアクションは出来ない。
お茶を飲む手を止め、紺色の瞳に釘付けになった。


「まぁ、色々あってね。俺の親は俺が小さい時に事故で死んじゃって。紫さんは引き取り手がいない俺を拾って育ててくれたんだよ」


そう言うと、りとは上品な所作で紅茶が入ったカップを傾けた。
ダージリンの優しい香りに身も心も癒されていくのは、きっと私だけではない。


(そうだったんだ…)


まさかりとの生い立ちが複雑だったとは思いもしなかった。

訊きもしなければ話されもしなかったのだから、知らなくて当然のことだったけれど。

カップを手に持ったまま呆けていた私へと、美味しそうな焼き菓子が差し出された。


「そんな顔をしないでよ。晏吏なら大丈夫だから」


ただ、とりとは付け加える。

ボーっとしてしまったのは諏訪くんのことではない、と言う必要はないよね。


「しばらく安静にした方がいい。紫さんが、ウチで面倒をみるから見舞いに来ればいいよって言ってた」


そう言ったりとの表情はどこか柔らかくて。二つ返事で了承した私と聡美は、美味しい焼き菓子を頬張った。