ゼヌ『始』

 愛人と目が合った。
「助けて」と言わんばかりの目だった。

天野はどうしたか? 
中年の男を殴ったのだ。
頬を殴り、腹を殴り、顔を殴り、殴り、殴り、殴り
殴ったのだ。



その殴りは中年の男の身体にひとつも傷をつけることが出来なかった。
      、、、、、、、
 中年の男は右手を刀にした。

もう一度天野は思う。
「止まってくれ。」と
頼む、一秒でもいいから、その人だけは、やめてくれ、止めてくれ、辞めてくれ
そんな懇願は届かず、天野は血飛沫を上げる愛人を見ているしかなかった。
「お前は…お前はなにがしたいんだよ!!
 何かやったのか?なあ、俺達が何かやっ たのか?なんでだよ!!
 ……頼む……やめてくれ。」

 ここで初めて第一声が出た。

たが届かない。届かないのだ。

なぜか?もうその中年の男は人間ではなかったのだから。
虫のような羽が生え、手は二本から六本に増え、目など無く触角のようなものがついていた。


天野真琴は、初めて殺意を覚える。
殺してやると。
思った途端だった。

中年の男は飛び、去っていった。

「業務を終えました」と言わんばかりに当たり前のように去っていった

憎悪。怒り。狂気。それ以上のものから喉から込み上げてきた。
「ああああァアアアァアァああぁぁぁ!!!!!!」