ゼヌ『始』

1忌 天野真琴

　『いつも』のように愛人に「行ってきます」と言って家を出て、会社へ行き、社会的仕事を勤め、家に帰る。
　そんな当たり前のような毎日が一昨日、昨日と続いてきた。
　

　そしてまた『いつも』のように家を出ようとしたそのとき。

　刹那であった

　違和感を感じたのだ。男は。
　今見ているこの風景が、風が、温度が。
それともなく何か感じる『いつも』とは違う何か。
　何か。であるのだ。ただ根拠のない薄い膜が男の心に覆い被さったのだ。


　そんな違和感を前に、男はなにもできず、ただただ日常を過ごす為に、愛人に「行ってきます」と言い、会社へと行く。

男ｰｰｰｰｰ天野真琴(あまのまこと)は東京の製薬会社で働く二十六の若手社員だ。
一人の愛人がおり、二ヶ月後に結婚を控えている幸せな一般男性である。
家に帰ると飯があり、家を出るときには「いってらっしゃいと」声を掛け、口付けを交わして毎朝の出勤をしているのだ。

　そして天野は家に帰る。『いつも』のように。そしてまた『いつも』のように「おかえりなさい」と微笑んで出迎えてくれる。
そしてドアを開け第一声に「ただいま」と聞こえるような声で言う。