露台へと続く真紅の絨毯の上に立つ王子は、黒い礼服に身を包み、既に準備を終えている。
周りにはいつものように近衛騎士たちが付き従っていたが、その中にランドルフの姿はなかった。

指示された位置で待っているはずのランドルフとアウレディオに思いを馳せ、エミリアは隣に立つフィオナと手を繋ぐ。

「大丈夫よ」
自分と同じくらい冷たくなったフィオナの指をそっと離して、エミリアも所定の位置についた。

高らかに吹き鳴らされるファンファーレと共に、フェルナンドはマントを翻し、歩き始める。
その左前方になるように気をつけながら、エミリアも広い露台に向かって、長いドレスの裾を踏みつけてしまわないように歩き出した。

ワーッという大歓声が、建物の中にいた時よりも間近に響き、王子を始め王族方の身を守る術が、一つ少なくなったことをエミリアは強く意識する。

先日の経験から言うと、向こうが狙ってくる可能性が高いのは、今この時だった。

(いくわ!)
覚悟を決めてエミリアは息を大きく吸いこんだ。
お腹に力を入れて、体の奥底から声をふり絞る。

「フェルナンド様! ランドルフ様! ディオ!」
大声を出すのにも限界があるため、『ぜひ自分の名前も呼んで!』というフィオナの訴えは敢えて無視しての人選だった。

渦のようだった人々のざわめきが、不自然極まりなくピタリと止まる。
次の瞬間、広い城の中庭で動きだすことができたのは、エミリアと彼女が名前を呼んだ三人だけだった。