洋秋のエスティマでマンションを出たあたし達は、駅前の立体大型パーキングでわざわざ用意しておいた別の車に乗り換えた。

 由弦のことは怨恨絡みの刺殺事件として捜査は続いてる。水上組が変な動きをすれば警察に探られる。用心を重ねるよう、征一郎さんはあたし達に必要なアドバイスをくれてた。

 有料道路は使わず一般道を走る車。行き先を洋秋は何も告げない。
 助手席で、早送りみたいに窓の外を流れてく街の風景を見つめながら。
 ・・・・・・引き返そうとは思わなかった。眠ってるみたいだった蒼白い由弦の最期の顔が浮かんでは。胸の奥でずっと灯り続けた焔が煽られて、はためく。

 由弦はもう帰ってこない。わかってても。・・・・・・それでも。
 


 
「・・・・・・瑠衣」

 ずっと黙ってた洋秋の声に、顔だけ振り返った。
 ハンドルを握り前を向いたままで静かに続く。

「・・・お前が決めたことだ、止めるつもりはない。俺は何があろうが全力で瑠衣を守る。半端に残らねぇよう存分にすればいい」 
  

 征一郎さんからあたしとの約束を聴き、部屋を訪ねてきた時も。

『・・・何が後悔かは瑠衣が決めることだ。俺も見届けてやる』

 真っ直ぐにあたしを見据え、躊躇いなく言い切った。
 余計なモノを背負わせたくなくてあたしは首を横に振ったのに、洋秋も引かなかった。
 征一郎さんと綿密に連絡を取り合い、自分から“鎖”を巻き付けて。黙って一蓮托生の咎を負ってくれた。
 

「・・・・・・ありがとう。洋秋」

 もし。いつか。
 冒した罪が暴かれる日が来ても。全てはあたしが。
 その時こそ征一郎さんと洋秋に恩返しする。

 今は。ココロからの感謝のコトバだけ。微笑んでみせると、満足そうに洋秋も口の端に笑みを滲ませた。



 由弦。


 きゅっと思いを胸の中に閉じ込めて、噛みしめる。
 祈るように刻むように。何度も名前を。

 
 愛してる。愛してる。あいしてる。
 躰中の細胞が、・・・切なくて啼いてる。


 
 この涯ての無い悲しみだけであたしは。
 葬れる。このセカイから。
 ・・・由弦を奪ったモノを。