「こっちにミルクで、オムツとかおしり拭きはこっち」

 ちはるの着替え一式なんかも詰め込んだ旅行用のバッグを、洋秋ん家のリビングに置かせてもらう。

「さっき飲んだばっかりだし、うんちも普通だった。ヤマトが来たら、ちはるの面倒は任せちゃっていーから」

「すっかりちーちゃん専属の保父さんだねー、ヤマト君」

「毎日来てるからねぇ」

 呆れたように言うあたしに鈴奈さんはコロコロと笑った。
 出て来る前はけっこう愚図ってたのに、鈴奈さんに抱っこされてちはるは大人しい。・・・どーいう差別?

「ちはるー、イイ子にしててよー?」

 小指を小っちゃい手に握らせて、バイバイするみたいに優しく揺らす。
 髪を撫でほっぺにチュウ。愛しい娘。由弦の大事な大事な宝物。 

「鈴奈さんほんとにゴメンね。なるべく早く帰るから」

 申し訳なさそうに言うと。

「たまにはいいじゃない。今度レンを預かって洋クンとデートさせてくれれば、オアイコ!」

 彼女は悪戯っぽく、あたしの後ろに立ってた洋秋を見やる。

「そうだね。そーしてよ洋秋!」

 あたしも振り返って加勢すれば、やれやれって表情で口の端を緩めてた。 

「・・・瑠衣。そろそろ出るぞ」

 仕事モードで、黒の三つ揃いにえんじ色ののシャツ、黒のネクタイ。
そこに黒いコートを羽織ると、征一郎さんに劣らないくらい洋秋も風格が増す。

 あたしも今日は首元にビジューをあしらった、黒いハイネックのチュニック風ワンピース。レギンスとブーツも黒で。
 
「うん。・・・行こっか」

 マッシュショートの髪を右側だけ耳にかけ最後にもう一回、ちはるにキスを落としてバッグを手にする。

「じゃあ鈴奈さん、行って来るね!」

 見送りに明るく笑顔を向けた。

 背中で玄関ドアがゆっくりと閉まる音。先に出て通路に佇む洋秋と深く目が合う。
 お互い言いたいことは多分わかってた。でも何も云わず歩き出す。



 
 ・・・そうだ。一年前のこんな頃だった。
 洋秋と鈴奈さんに後押しされて、由弦と初めて一泊旅行に出かけたのは。
 大雪にでもなんないかななんて。柄にもなく緊張して。
 空も高く澄んでいいお天気だった。
 
 
 今日も。あの日みたいにキレイに晴れてる。

 泣きたくなるくらい、綺麗に。