「・・・あーゴメン。あんたのスーツに鼻水つけちゃった」

 俯いたまま鼻をすすってわざとおどけて言い、あたしはそっとヤマトの身体を押し戻して胸元から離れた。 
 手の甲で涙を拭い、上を向いて何でもないように笑ってみせる。

「たまに油断するといきなり来んの。ダメだよねぇ、こんなんじゃ」

 ヤマトはじっとあたしを見て、それから。

「・・・駄目じゃないよ」

 ナニかを答え返そうとして。身動きが取れないのに気付く。さっきまでいたヤマトの胸元にまた埋もれて、背中と肩に回った腕がぎゅっとあたしを掴まえてた。 
 
「・・・ヤマ」 

「姉さん」

 頭上で聴こえた声は静かだった。
 
「・・・泣くのなんか当たり前だよ。こうなったのは誰のせいだって恨んだっていいんだよ、ガマンなんてしないでさ。・・・オレとことん付き合う。明日もあさっても、10年後も20年後もずっといるよ。姉さんとちーのそばに」


 ・・・・・・それが。ただの慰めなんかじゃないって。思えちゃうのは、なんでだろうね。
 なんでこんなに染みて。・・・またあたしを泣かせるんだろうね。

 小さく肩を震わせて嗚咽を漏らすのを。ヤマトはやっぱり黙って、あやすように背中を撫でてる。

 こんな風に。誰かの胸で泣かせてもらえただけで十分だ。
 それは偽りのないあたしの想い。
 
「・・・・・・あり、・・・がと」

 しゃくり上げながら。それだけはどうしても云いたかった。・・・ううん言い足りない。どうやっても。返しきれないあんたにも。
  
「・・・ごめ、・・・っっ」 


 切れ切れに口をついて出るのは、そんなコトバだけ。
 他に。見つからなかった。




 うれしかった。素直に。

 あんたは本当に優しくて由弦に負けないイイ男だよ。
 
 さすが由弦が見込んだだけあるって。

 洋秋を支えて将来、水上組を背負う男になるのが楽しみ。
 
 鼻が高いんだからね、あたしも。




 でも。だからね。

 あたしはあんたを『連れて』いかない。