「じゃあ姉さん、行ってくる」

「行ってらっしゃい。気を付けてね?」

 玄関先で帰るヤマトを見送る。

 普通は『またね』。気が付いたら。ヤマトが、ただいま』って来て、『行ってくる』って帰るから。いつの間にかこっちも『おかえり』に『いってらっしゃい』。
 ・・・・・・由弦の代わりに言える相手がいるのは、なんだか少しほっとする。
 ここに独りきりじゃないって。思えるのは。 
 
 
 今夜は合い間に顔を出してくれたみたいで、これから寄る先がまだあるらしかった。

「姉さんも戸締りちゃんとしなよ? あ、あと冷蔵庫のトーフ賞味期限きてた」

 金髪のハーフアップに黒のネクタイ、スーツがトレードマークになったヤマトが、ニッコリ笑う。
 家庭的な元ホスト。・・・色んなイミで負けてる気がして、わざとらしく歳上ぶった言い方で。
 
「夜はもう冷えるし、ちゃんと暖かいカッコしなさいよ? 風邪なんか引いたら即出禁だからね」

「あーそれ、マジで気ィ付ける」

 急に真面目なカオで言われ、可笑しくなって小さく吹き出せば。

「ソコ笑うとこ?」

 呆れて返されて、ふふん、て鼻で笑う。
 
 きっとヤマトのことだから。ちはるにうつさないよう事務所のみんなに手洗いうがいさせたり、学校の先生みたいなコトしそーだなぁ。
 当然、洋秋も目を光らせるんだろうし。でも一番、容赦無さそうなのは由弦だよね。
 
 そう連想して思い描いた拍子に。唐突に涙が込み上げた。
 笑って誤魔化そうとしたけど間に合わなかった。

「・・・・・・ごめ・・・っ」

 口許を押さえ顔を歪めたあたしを。ヤマトは黙って胸元に引き寄せて、ちはるをあやすみたいに背中をぽんぽんと撫でる。

「いいよ。・・・泣いちゃいなよ」


 
 ときどき。こんな風に自分で自分に打ちのめされるコトがある。光景を描いた瞬間、由弦はいないのにって。
 ぎゅっと胸を締め付けられて、涙が溢れて止まらなくなる。・・・竜巻だ。
溜め込んでる自覚はないけど、『悲しい』や『寂しい』が一気にココロの奥底から巻き上げられる。
 あたしの中が由弦でいっぱいになる。膨れ上がって、うねる。かき乱される。

 ヤマトは黙って泣かせてくれた。それが通り過ぎて凪ぐまで。