征一郎さんが帰って。あたしは一人、結婚パーティの時のフォトフレームを手に、タキシード姿の由弦を指で何度もなぞる。 

「・・・・・・だって。赦せるわけ・・・ない」

 胸の奥底から圧しあがって来た悲しみに。涙が堰を切って溢れた。
 ちはるの為に、いつもはフタをして頑張って押し込めてるものが。今夜はどうやっても塞いでやれそうにない。
 ポタポタと後から後からガラスを濡らしてく雫。

「・・・ゆづる。・・・由弦・・・っっ、会いたいよぅ・・・っっっ」


 あたしは小さく声を上げ、写真を抱き締めて泣き崩れた。
 ヤマトや洋秋達の前で泣けば余計な心配かける。
 家族の前じゃ、大丈夫、頑張ってるって。笑って強がり。
 そうしてないと自分が折れる、立ってられない。
 
 
 ほんとは大丈夫じゃない。
 寂しくてさびしくて、泣きたいのを押し込めて毎日もがいてる。
 ちはるがいたって由弦がいない。
 代わりになんかならない。
 なんで死んじゃったの。
 なんで。
 なんで。



 答えも無い。出口もない。涯ても無い。
 気が遠くなるような絶望だけ、残されて。

 


 こと切れる寸前。・・・・・・由弦は上着の内ポケットを探ろうとしたみたいだったと、征一郎さんは教えてくれてた。血に濡れ、擦れた跡があったと。
 でもスマホはその時、内側じゃなく外側の胸ポケットだった。救(たす)け呼ぶより大事なナニかに手を伸ばした。・・・力を振り絞って。

 由弦の遺留品はまだ手元にない。
 それを聴いた時、でもすぐに頭を掠めた。
 お守りだ。初めての旅行で立ち寄ったあの神社の。
 安産祈願のと一緒に買って渡した無病息災のお守りを、由弦はいつも上着の内ポケットに忍ばせて出かけるのを知ってた。
 
  
 ねぇ由弦。
 俺は瑠衣のところに帰るんだって。生まれてくるちはるの父親になるんだ・・・って。
 あんたはきっと最後の最期まで。あたし達のコトだけ想ってた。
 こんなトコで死ねないって。
 死にたくないって。
 なんで俺が、って。
 
 思わないハズなかったよね。口惜しかったよね。 



 そいつにどんな理由があったかなんて関係ない。
 法の裁きなんか受けさせない。
 あたしが。同等の代価を支払わせる。


 由弦の命と、あたしとちはるから由弦を奪ったその代価は。命で。