「征一郎さん」

 愚図って泣いてたちはるを寝かし付け。
 リビングに戻って一人掛け用のスツールに腰を下ろすと、ソファでスマホに目を落としてた彼にあらたまって口を開いた。
 
「・・・前にあたしがお願いしたこと」

 こっちに向いた視線と深く合い、「ああ」と静かに返る。

「ちはるを無事に生んだらって約束・・・ですよね」

 あたしの言葉に征一郎さんはスマホをテーブルの上に置き。組んでた脚を下ろして真顔になった。

「気持ちは変わらない・・・か」

 見つめ返してあたしは躊躇いなく頷く。

「・・・初めから決めてたことだから」

「瑠衣子、・・・俺はお前に」

「ごめんなさい、征一郎さん。でもどうしても。これだけは誰にも譲れない」 

 言いかけた彼を遮り、逸らすことなく。征一郎さんの切れ長の眸をじっと見据える。
 
 やがて由弦より野性味のある端正な顔を僅かに曇らせ、小さく吐息を逃した征一郎さんは。「・・・分かった」とはっきり答えを口にした。

「身柄はいつでもこっちで押さえられる。準備が出来しだい連絡する。・・・それでいいな?」

「・・・ありがとう。征一郎さん」

「・・・・・・・・・・・・」


 いつもなら言いたいコトを飲み込むような人じゃないのに。
 あたしが薄く微笑んだのを一瞬目を眇め。沈黙で流した。


 

 由弦がまるで嘘みたいな欠片になってあたしの許に還って来た日。
 あたしはただ、由弦を殺した人間がのうのうと生きてるのが赦せないと思った。

 
 由弦と一緒に居られた、たった三ヶ月。
 あたしと家族が作れたことをココロから喜んでた由弦。
 悪阻で苦しんでたあたしを少しでもラクにさせようって、出来るコト何でもしてくれた。
 体調も収まってきて『花見も行けるな』って。
 来年も再来年も、その次もずっと。ちはるを連れて洋秋達と。春は花見、夏はお祭りに花火大会、秋は紅葉と果物狩り。
 ・・・いっぱいあったね。ああしたい、こうしようって。
  
 
 もう全部。二度と取り戻せなくなった。
 ちはるは。由弦の温もりも声もなにひとつ記憶にないまま。理不尽に奪われた、父親を。
 


 あたし達から奪った分。
 あたしにも奪う権利がある。


 ただそれだけのこと。