鈴奈さんは悪阻は軽い方で、胃がむかついて食欲ないぐらいだった。
 あたしはピーク時は便器とお友達の日々で。由弦は事務所とマンションを行ったり来たりして、グロッキーになってるあたしの面倒と家事を良くやってくれた。
 桜の開花宣言をニュースで見る頃にはどうにか落ち着いたから、プチ花見くらいは行けそうだねって鈴奈さんが。
 安定期に入って流産の心配も無くなる。これから、ちはるはお腹の中で育ち盛りを迎えるんだ。


 由弦は出かける時は必ずあたしのお腹に手を当てて、『行ってくるな、チハル』。帰ってくれば『いい子にしてたか、チハル』。
 それからあたしにキス。順番が逆って思うんですケド?






「瑠衣。今夜はヒロさんとちょっと出る。何かあったら、すぐ電話しろよ?」

 黒いシャツにブルーのネクタイを締めながら、由弦が洗面所から出てくる。

「うん分かった。あ、じゃあ鈴奈さん呼ぼうかな?」

「そうしろ。適当に抜けてくるからそんなに遅くはなんねーだろ」

「お努めご苦労さま」

 三つ揃いのベストを着て結び目の位置を気にする由弦の前に立ち、ネクタイを直してあげながら。
 この業界って断れないお酒の席も多い。由弦も洋秋も強い方だけど。

「あんまり無理しないでよ? ちはるも心配するからね?」

「分かってる」

 ちはるの名前を出すと効果てきめん。淡く笑みが返ってキスが落ちた。