下町情緒あふれる古い家並みから打って変わって。畑や森が点在する閑静な住宅街。新興の分譲地で出来あがったってそういう印象。
 その一画の、とある一軒家の前で車は減速して停まり。2台分ある駐車スペースの片側に由弦はバックでインスパイアを車庫入れした。

 和菓子の手土産を片手にちょっと硬くなってるあたしを。由弦は一瞬深く見つめて、それから玄関のインターフォンを鳴らす。
 間もなくロックが外れる音と共にドアが開き、あたし以上に硬い表情で内側に立ってたおばさんは。

「・・・早く中に入りなさい」

 外の視線を気にしたのか急き立てるように促した。

「どうぞ」

「・・・お邪魔します」

 すぐに背を向けられて自己紹介もさせてもらえない。でもこうして家に上げてくれるってだけでも。・・・前向きに考えるコトにする。


 通されたのは、多分リビングと続き間になってる和室の客間。
 どっしりとした木の座卓に座椅子が2つと1つで向かい合い、床の間の綺麗な蒼色の一輪車差しには朱い実がなった枝が生けてあった。

 脱いだコートを脇に畳み、胡坐を掻いて座った由弦の隣りにあたしも少し脚を崩して。
 掃き出し窓の障子はピタリと閉め切られ、透ける陽射しでも明るさは十分だけど。閉ざされた感じがなのか、この家があんまりに静かすぎるからなのか。エアコンも効いてるのにどっか。温かみが薄い気がする。

 あたしは初めてでも、由弦にとっては数年でも過ごした自分の家。
 他人の家に来たかのようにまだ一言も発してない隣りを、そっと見やった。
 一点を見据えたままじっと黙って。何を思ってるの・・・・・・?

 
 やがておばさんがトレーを手に廊下側の入り口から入って来た。
 膝を折り、手土産で持ってきた包み菓子と茶托をそれぞれに置いてくれる。

「あのお構いなく」

 小さく笑むと、僅かに目を見張った彼女と視線が合った。不意に逸らされ、それからあたし達の前に黙って座る。
 淡いオレンジ色のニットのアンサンブルを着た由弦のおばさんは、あまり変わってないようにも見えた。お化粧も清楚で品もあって。髪も染めてきちんとセットしてる。

 おじさんは商船会社に勤めてて、会ったのはほんの数回。仕事一筋で子育てには無関心な父親だったとウチのお母さんから聴いた。
 今日ここに居ないのも、そういうコトなんだろうか。

 おばさんから話をする様子はない空気に由弦を窺う。
 親子だからこそ余計に感情が捻じれて伝わらないコトもある。あたしが言うべきかと、意を決して口を開きかけた時。

「・・・・・・来月、俺達は結婚する」

 由弦が静かに切り出した。

「・・・そう」

 おめでとうとも言わずにおばさんも淡々と答えた。

「私たちは一切かかわらないから好きにしなさい。・・・お父さんもそう言ってるわ」

「・・・分かった」
  
 低く言い切った由弦が「瑠衣、・・・行くぞ」と立ち上がろうとしたのを、あたしは思わず引き留めてた。

「ちょっと待って」

 眼差しを眇めて険しい表情を向けた由弦。
 あたしはそれには構わずにおばさんに向き直り、姿勢を正してあらたまった。 
 
「挨拶が遅くなって申し訳ありません。・・・ご無沙汰してます、水上瑠衣子です。憶えていらっしゃいますか?」