「ァ」

 不意にちはるが声を立てた。涙顔で覗き込むと・・・笑ってる。
 ダウンコートのポケットから取り出したタオルハンカチで濡れた頬を拭き、明るくちはるに笑いかけた。

「なぁに? ゴキゲンだねぇ?」

「ァー」

「・・・姉さん!」

 ちはるが返事したのと同時にヤマトの声がしたから、驚いてそっちを向く。芝生の通路を早足で歩いて来る、黒いカッコの金髪頭。
 なんでここにいるのが分かったのかと、あたしは不思議そうに目の前のヤマトを見上げた。
  
「行くなら行くで、なんで言わないんだよ」

 どういうワケか。しかめっ面で、くりっとした目が怒ってる。

「あんたは仕事でしょーが」

 こっちも、ちょっとムッとして。 
 
「若頭代理がフラフラしてどうすんのよ」

「そんなのは、いーんだって」

「いいワケないで」

「姉さんを一人で泣かせるのは、ヤなんだよっオレは・・・!」

 大きな声に遮られた。・・・と思った時には肩を抱き寄せられて、あたしの頭の天辺にヤマトが自分の顔を埋めてた。
 
「頼むからさ。泣く時はオレの前で泣きなよ。・・・兄貴の代わりにオレが全部、受け止める」
   
 その言葉で。突然ヤマトが転がり込んで来た本当の理由に、行き当たった。気がした。
 あたしが12月25日をどんな思いで迎えるか。心を痛めてくれたんじゃないだろうか。この先もその節目節目であたしが辛くなるんじゃないかって。
 それで。こうやって今も心配して。

「・・・・・・・・・ありがと」

 胸の奥がじんわりして、目頭が熱くなった。「・・・ごめん」

「謝らなくていい」

 あたしの肩から離れた手が一瞬、するりと頭を撫で。
 それからヤマトは、黙って煙草に一本火を点けた。由弦が吸ってた銘柄。白く長い息を静かに逃し、吸いさしを手向ける。

 何となく。ずっと仕草から目を離せないでいた。煙草の咥え方。火を点ける時の顔の傾け具合。指に挟んで口許から離す時、ちょっと上を仰ぐ癖。

 息を詰めて。
 あたしは、ただ見つめてた。
  
「ゥ」

 胸元のちはるが立てた声に、ヤマトが半分振り返る。
 淡く口許を緩ませ、愛おし気な眼差しで。
 
「・・・ちはるが風邪引くぞ。瑠衣」 





 優しく呼んだ。


 あたしを。