「オレね、親がいなくて施設で育ったんだよ」

 鶏肉とニンニクの芽の炒め物に箸を伸ばしながら、ヤマトが唐突に言った。その前までは確か、流れてるテレビ番組の話題だった。
 大きくもないダイニングテーブルを挟んで向かい合うヤマトの表情は、世間話してる風で特に変わりもない。

 水上家と真下兄弟は、ほんと例外で。極道者なんてほぼワケありだ。いちいち詮索しないのが暗黙のルール。
 ヤマトの告白に驚きは無いけど、なんで今なのか・・・計りかねてた。
 
「オレの家族は、義兄弟(おとうと)にしてくれた兄貴と姉さんとちーだからさ。なんでもするし、遠慮も要らないし、オレしかいないって思ってる。兄貴の代わりに姉さんのそばにいるの」 

 あたしに目を合わせ、口の端に笑みを乗せた顔は。いつもより大人びて見えた。

「それがオレのシアワセだって言ったら、姉さんは文句言えないだろ?」

 思わず箸を止めヤマトを凝視する。
 ・・・もしかして先回りされた。言おうとしてたのを。

「今ね、毎日たのしいんだよオレ。勝手に居場所にして、姉さんにはメーワクかもだけど。オレにも守るもんがちゃんとあって、これなら生きてていい理由になるかって思うしさ」

 生きてく理由。居場所。
 ヤマトはさらりと笑ったけど。失くした人間が、それを見つけるのがどんなに大変かは。・・・・・・あたしにも良く分かる。今は。

「ヤマト」

 箸を置いて一つ息を逃す。

「同情とか義理とか恩なら、あたしは要らない」

「だから違うって・・・!」

「あんたの人生潰して、犠牲にするのはヤなの」

「姉さん!」

 ヤマトがテーブルに叩き付けるようにして箸を置いた。ダン、と音がして。お椀の中で味噌汁が波立って揺れた。

「・・・なんで分かってくんねーの? オレが姉さんの為に生きたいって思うのは、そんなにダメなのかよ・・・っ?」

 俯き加減に顔を歪めて、ヤマトは堪えるみたいに声を振り絞る。

 
 ダメ。
 そう言えたら楽だった。
 
 ヤマトの為に居場所になってあげたかったのか。
 
 あたしが居てほしかったのか。

 迷って、でも結局。

 あたしは静かにイスから立ち上がるとヤマトの脇に立ち、手を伸ばしてそっと自分の方に金髪頭を抱き寄せた。
 
 この『答え』が正しいかどうか。 
 ほんとは良く分からない。

 欠けてるモノ同士。傷が癒えるまでの間だけ。
 自分に言い聞かせて。
 

 
「・・・・・・ひとつだけ約束して」

 ヤマトに言った。 

「家族よりもっと大事な人が出来たら、あたし達のコトはいいから。その人とシアワセになるの。・・・いい?」

 顔を上げたヤマトは。極道者にはもったいない甘く整った顔でじっとあたしを見つめ、ぼそりと呟く。

「約束するけど、多分ない」

「そんなの分かんないでしょ?」

「ナイもんは無いよ」


 最後はちょっと涼しそうに。口角を上げて悪戯っぽく笑った。