「あっさり寝首を掻きに行く節操無しを飼っとくようじゃ、先も知れると思ったが。まあ・・・小暮は見逃してやるさ」

 征一郎さんはゆっくりとした口調で続ける。
 コートの内ポケットからボックスの煙草を取り出すと、悠然とした仕草で火を点け、白い吐息を長めに逃した。

「感謝しろ。俺とヒロだったら生きたままなぶり殺しにしてるところを、瑠衣子に譲ってやったんだからな」

「るい、こ・・・?」

 半ば放心状態の田原が、日下さんに押さえつけられたままで弱弱しく呻く。
 
「目の前に立ってる死神の名前だ。忘れるなよ」 
 
 そう冷笑した征一郎さんは口に咥えてた煙草を足許に落とし、黒い革靴の靴底で火を踏み消した。
 ジャリと音がして、今度はあたしに。

「瑠衣子。殺す前に言いたい事があるなら云っておけ」

 冷ややかに言った。
  
 
 征一郎さんがどんな手を使ったのか。組織にも見捨てられ、惨めに地面に這いつくばらされたこの男が。由弦を殺した。
 あたしはしばらくじっと見下ろしてた。
 良かったと思った。
 迷わずに殺せる。これなら。

 出世の為だかナンだか知らない。
 人間はいつだって、自分勝手な下らない理由であっけなく命を奪われる。 
 奪ったヤツはのうのうと生きて。
 
 赦される権利なんか与えてやらない。
 法も正義もそんなのは。これっぽちもあたし達を掬えやしない。 
  
 
 照基おじさんが生きてた頃は事務所に行くことは無かったから、あたしはこんな男は知らない。
 由弦よりは歳が上なら兄貴面してたのかも知れないし、少なくても。由弦にとって『敵』じゃなかった。だから。
 無抵抗で一突き。
 あたしはぎゅっと拳を握りしめた。
 身内のフリで近付いてこの男は由弦を油断させた。・・・初めから殺すつもりだった。
 
「・・・・・・・・・なんで由弦を殺したの」

 低く、感情を押し殺して。初めて田原に口を開いた。
 反応した田原は茫然とした様子で、「・・・だ、れだ。お前、ら」と見えない目で空(くう)を仰ぐ。洋秋以外の、自分を取り囲む未知の存在に怯えてるようだった。
 あたしは冷たく言い放つ。

「なんで殺したのかを訊いてんのよ。答えないなら、一本ずつ指折らせるわよ」 
 
「やっ、やめっ、い、言うっっ」

 恐らく日下さんが、あたしが言ったのを男の体に直に教えてやったに違いない。悲鳴に近い声を上げ田原が身を捩った。

「ま、前に偶然会って・・・ッ、俺が誘ったのに若頭の前で恥かかせやがったんだよ・・・ッッ。だから俺ぁ、真下のタマ奪(と)って、それを土産に幹部にっ」

 そこまで言って二度目の悲鳴が上がった。

 上からの命令だったとうそぶいた田原に。日下さんは顔色ひとつ変えず、黙って制裁を加えた。
 弟を殺された征一郎さんの胸の内を推し量ったみたいに。