「・・・亮、連れて来い」

 後ろにいた結婚パーティの時の秘書さんに、征一郎さんが指示した。
 日下さんは奥の小部屋に向かって歩いて行き、黒い布で目隠しされた男を1人、引き摺るように倉庫の中央へと連行してきた。

 後ろ手に縛られ、あたし達の前に膝を付かされた男は。中肉中背で頭はパーマがかった茶髪、顎ヒゲを生やし、印象としては30代後半。左頬に一筋の真新しい傷があった。
 
 上半身は半袖のTシャツ一枚の恰好で、左腕は袖口から手首の辺りまでヘビの紋様の刺青が覗く。
 履いてるズボンやTシャツには抵抗した跡なのか、擦ったみたいな土汚れがあちこちに付いていた。

 風貌からしてもヤクザ者。あたしは黙って右隣りの洋秋を仰いだ。
 顔見知りの怨恨。警察も言ってた。洋秋は男に目を眇め、重く口を開いた。

「組(うち)にいた田原(たはら)だ。親父が死んだ時に出てった連中の一人だが、・・・今は秋津組系に出入りしてるらしいな」

「・・・・・・その声、二代目か?」

 目隠しされたまま、声の方向へ耳をそばだてるように顔を動かした男が野太い声で口許を歪める。

「なぁっ、俺だって好きで真下を殺(や)ってねぇよ・・・! 水上のシマ奪(と)って来いって、上の命令でしょうがなくだったんだっ」

「・・・言い訳なら向こうで、由弦にするんだな」

 地の底から沸き上がったような低い声で、凍り付いた殺気を放つ洋秋。
 怒気なんてのは疾うに超えてる。

「生かしておいたのはその為じゃねぇよ。・・・何を勘違いしてやがる」

「いいのか? 俺を殺せばこっちだって黙っちゃない・・・! 秋津とやり合って勝てるもんなら、やってみろ・・・っ」

 嘲笑うように次は脅し。なりふり構わない男は死に物狂いだ。見てて滑稽なくらいに。

「何の根回しも無しに俺達がここに居るわけがないだろう。田原なんて名前に聞き覚えは無いそうだがな、小暮さんは。秋津の若頭は話が早くて助かる」

 左隣りに立つ征一郎さんが口角を上げ、残忍そうな笑みを浮かべた。

 小暮という名前に田原の顔色が蒼白になったように見えた。わなわなと震え出し、さっきまでの虚勢は塵みたいに消え失せて。