廃れ気味の繁華街の一画にひっそり、見た目からして怪しげな古びた5階建ての雑居ビル。
 小さな居酒屋やスナック、よく見ると風俗なんかも周囲にはチラホラ。昼間でもなんかこう、夜の匂いが漂ってるというか。
 
 1階は、“セイレーン”て名前のスナックで。って、魔女がいるのかい! 思わずツッコミを入れたくなる。
 他は3階に、更に怪しげな“スマイル・ファイナンス”。闇金なのがバレバレ。ネーミングセンス、寒すぎでしょ?

 でもって。4階が洋秋の事務所。櫻秀会(おうしゅうかい)系の地元ヤクザ、水上(みかみ)興業。
 水上洋秋はあたしの従兄妹で。まだ31歳だってのに立派に組長さん。2年前に照基(てるき)おじさん、・・・洋秋のお父さんがガンで急逝して、一時は組を畳むようなコトも言ってたけど結局、洋秋が継いでどうにかやれてるらしい。

 下から建物を見上げて小さく溜め息を漏らすあたし、水上瑠衣子(みかみ るいこ)。27歳。念のため付け足すなら。堅気なのでお間違いなく。

 スナックの入り口の脇に外階段があって、上にはそこから上がるしかない。セキュリティだけはしっかりしてて、防犯カメラがあちこち。こっちを監視してる。
 スキニージーンズにブーツ、上はGジャンていう11月らしい恰好はしたつもりなんだけど。不審者には見えないよね?
 4階まで足を止めることなく、その勢いで『水上興業』っていかつい木彫りの大っきな表札がかかったドアを開け放つ。

「あのー、すいません。洋秋か、由弦いますー?」

「ああ? 何だネェチャン、金借りに来たんなら下、行きなぁ!」

 光沢のあるブルーのシャツ着て、黒のパンツ姿の金髪のニイチャンがソファから立ち上がって凄む。 

「お金はあるんで。じゃなくて、洋秋います? いなきゃ由弦でいーんですけど」

 こっちが全く怯まないのを訝し気に。ずかずかと歩って来てあたしの前に立ち、上から怖いカオで睨めつけた。・・・よく見れば若いよ、あたしより。

「ここにはヒロアキなんてのも、ユヅルなんてのもいねぇよ!」

 おいおい。自分とこの組長と若頭の下の名前くらい、憶えときなさいよ。

「だーかーらぁ」

 釣られて、こっちも声が大きく。
 すると奥から「うっせーよ!」。怒鳴り声と一緒に、また別の金髪が現れる。こっちはちょっと長髪でハーフアップにしてた。

「・・・あれ?、姉さん!」

 あたしを見るなり人懐こそうに破顔したのはヤマト。由弦の舎弟の一人で、けっこう前からの顔馴染み。

「あー、良かった、ヤマトがいて!」

「どしたんスか?」

 5つ下で割りとカワイイ顔立ちして。派手な色目のスカジャンに、だっぷり目なパンツっていう、まあこれもこれでチンピラ風味が出てる感じ?

「おばあちゃんに、持ってけって言われてさ。あんころ餅」
 
あたしは手にしてた風呂敷包みを、ヤマトに差し出した。