いい噂なんざ、ひとつも聞いたことがない。
確かに、ここら辺の女じゃ、トップクラスで美人だとは思う。
でも、あの手の女は好きになれない。
艶のある黒髪は胸元まであって、くっきり二重で少し猫目がち。明るい茶色の瞳は、芯が強く見える。スタイルも芸能人並みだろう。
身長は大体165ってところか。
そんな奴が、処女?彼氏いない歴=年齢?
嘘も大概にしろ。
そんな嘘つき女に、あの快斗が騙されるなんざ許せねえよ。
あー腹立つ。隣人なのも腹立つ。
さっきより歩く速さが速まる。
すると、タイミングよく雨が降り出し、俺も走り出した。
マンションの外観が見えたあたりで、異変に気づいた。
地面に倒れる、柊。
駆け寄ると、上手く息が出来ずに、意識が朦朧としていた。
「お、い。………どうした!!!」
色を失っていく唇や頬。
明らかにおかしい。とりあえず、家に。
頭より体が先に動いていた。
エレベーターの中、鍵を探している最中に、さっきまでヒュッと時々音を出しながら、懸命に息をしようとしていた柊が、フッと重くなった。静かに、なった。
俺は血の気が引いた。
何も考えられずに、部屋の鍵を開け、駆け込んだ。
「おかえり、帰って来れたの、か」
そこに、時雨の従兄と思われる人がいた。