多久間柊羽(たくましゅう)がどれだけアプローチしようともあの女はまったく気づかなかったようだ。



「柊羽元気出せよー」


七島真(ななしましん)は放課後の教室で幼馴染である柊羽を励ましていた。



「もっと押してみれば?」


「これ以上どう押せと?」



鋭い目つきで柊羽は答えた。


たしかに、名字呼びから名前呼びに戻してみたり、誕生日プレゼント渡したり、クリスマスイブに2人で出かけてみたり、放課後一緒に帰ってみたり、ホワイトデーのお返しを他の人より明らかに豪華にしてみたり、と柊羽はできる限りの事をしていたはず。


それでもあの女は、柊羽曰く、何も気づいてない。


真は柊羽に押せと言いながらも、もうなす術はないかもしれないなどと思った。



「てかさー、なんで気づいてないってわかるの?」


「あいつの態度が変わらない。幼馴染だからそれくらいわかる」



“幼馴染”か。真だってふたりの幼馴染だ。

忘れるな。



「どうだか。告白してみればいいじゃん」



告白。

その言葉に柊羽は一瞬固まったように見えた。

柊羽はいつだって告白だけは避けているようだった。きっと、あの堅い頭で柊羽は、この幼馴染という距離が最適だと考えているのだろう。だが、あの女は、真が見ている限りモテている。

早めに告白しなければ手遅れになる可能性だって充分にあるだろう。



「そういう真は好きな人いないのか」



それは、予想だにしない質問だった。
今まで相談といえば柊羽の話しかしていなかった。



「なんで俺?」


「いや、いつも俺ばかりで申し訳ないなと」


「そんな、いまさらだろ」


「いるのか?」


「…いるよ。でもいいんだ」


「なぜだ。相談くらいのってやる」


「俺の好きな人には、もう好きな人がいるから。そしてきっとその恋は叶う。その人と付き合えなくたって、幸せなら俺はそれでいい」



これは真の本心だ。
幸せなら。幸せならそれでいい。



「それまた善人だな」



呆れたように柊羽は言った。



「あ」



と言った真の目の先にはあの女─相原樹菜(あいはらみきな)がいた。



「樹菜」


「何男ふたりでコソコソやってんの?」



いつものように太陽のような笑顔でこっちへやってくる。



「ほら、聞いてみなって」



真は小さな声で言った。



「どうしたの?」


「あー、と、樹菜って好きなやついる?」



歯切れ悪く柊羽は言った。



「え、どうしたの?頭打った?そんなこと聞くなんて柊羽らしくないねぇ?」



不思議そうに柊羽と真を見比べる。



「いや、幼馴染の恋愛事情知りたくなっただけだ」



柊羽は焦ったのか、早口になってしまっている。



「好きな人はね、いるよ。教えないけど。あ、部活の途中だったんだ。そんじゃまたねー」



嵐のように過ぎ去って行った。



「いる。のか…」


「落ち込むなよ。柊羽かもしれないだろ?」


「あ、あぁ」


「じゃあ、俺は帰るよ。柊羽は相原待つんだろ?」


「あぁ」


「頑張れよ」



真は、覇気がなくなった柊羽の肩を軽く叩いてから机の横に提げていたカバンを持って教室を出た。