世間はユウが黒髪に染め直しているは思いもせず、意外にも彼は街を歩いていても気付かれなかった。
羅依の写真は一切公表されておらず、もちろん私のことも誰も知らない。
野球帽をかぶり、黒縁眼鏡をかけてグレーのジャケットを着込んだユウは、私と同じ駅に向かっていた。
「芸能人って電車に乗るの?」
ユウの耳元に近付き、小声で尋ねる。
「乗ったらいけないのかよ」
普通のボリュームで返事をした彼は面倒くさそうに言った。
「よく乗るの?」
「ああ」
「気付かれない?」
「ほんのたまに。俺、オーラ消せるから」
「なにそれ」
2人で改札を通る。
ICカードで乗車した彼は電光掲示板で次の発車時刻をチェックしているあたり、本当に電車に乗り慣れているようだ。
気付かれないものなのかな。


