撮影最終日。
いよいよ、ここまで来た。
いつもより何時間も早く目が覚め、緊張をほぐすためにRyoの主題歌を聴きながら駅までの道のりを歩く。
「よっ」
「なにしてるのよ…」
小さい顔に大きな黒いサングラスをかけて、ギターを背負ったRyoが行く手を塞いでいた。
イヤホンを外して歩みを進める。
「今日で最後なんだろ?応援にきた」
「わざわざ良いのに」
「すれ違いにならなくて良かったよ。ほら、おまえの好きな俺の手作りお弁当」
「うそ!作ってくれたの?」
ランチバッグを差し出され、Ryoに駆け寄る。
受け取ろうと手を伸ばせば、ひょいとバッグを持ち上げてしまった。
「欲しい?」
「欲しいよ!」
背伸びをしてRyoを見上げる。
タンクトップにジーンズ。
昔と何も変わらない。
「そうやって"欲しいもの"を欲しいと、手を伸ばしても良いんだよ。理子はたくさんの我慢をしてくれたけど、もう海からも僕からも解放されるべきだ」
「何を言い出すかと思えば…くだらないよ」
「もっと早く言うべきだったのだけれど、ごめんね。僕もなかなか前を向けなくて…」
私にランチバッグを握らせたRyoは、かつて海に向けていたあの頃の優しく穏やかな笑顔を浮かべた。
「【BLUE GIRL】の主題歌を制作して、やっと過去と向き合えた気がする。最初は曲調も歌詞もそうだけど、哀しくて儚げなものがいいと思った。けれど、海が残したものはそんなにも哀しい思い出だけか?違うよな…そりゃぁたくさん泣いたけど、それを上回るほどに楽しい出来事があったこと、最近やっと思い出した」
すっきりとした晴れやかな顔。久しぶりに目元のクマが消えていた。


